2025.04.25
第3回 ASEANにおけるEC市場の飛躍

1. BtoC市場アプローチにおけるECチャネルの重要性、成長要因
拡大するBtoC-EC市場
企業がBtoC市場へアプローチするうえで、ECチャネルの重要性は一段と高まっています。スマートフォンの普及により、オンラインショッピングは消費者にとって日常化しており、EC市場は各業種において急成長を続けています。経済産業省の調査によると、日本国内の物販系分野におけるBtoCのEC市場は、14.6兆円を超え、物販全体の売上に占めるECの割合を示すEC化率は約9.4%と伸び続けています。世界に目を転じると、BtoCのEC市場規模は2023年に5.8兆ドルあり、2027年までに8兆ドル近くまで拡大すると予測されています。さらに2023年に19.4%あるEC化率は22.6%までの上昇が見込まれています。
図1:世界のBtoC-EC市場規模とEC化率の推移(旅行・チケットを除く)
(出所:経済産業省『令和5年度電子商取引に関する市場調査』をもとに作成)

EC市場の成長要因
こうしたEC市場の成長要因としては、デジタル技術の進化や、SNS・インフルエンサーマーケティングの普及、決済方法の多様化等が挙げられます。AIやビッグデータ活用、パーソナライゼーション技術の発展により、企業は効率的に最適なプロモーション戦略を構築できるようになり、またInstagramやTikTokといったソーシャルメディアを活用したEC誘導も拡大しています。さらに、発展途上国を含めた各国で、デジタルウォレット、口座間決済、後払い決済(BNPL)といった代替決済方法(APM)が、従来の決済方法に加えて選択できるようになっていることも、市場拡大の要因として考えられています。
注目集める越境EC
国を跨いだ越境ECについては、近年一気に規模を拡大し、年間平均成長率約30%の勢いで成長を続けています。日本企業も越境ECの利用により、低コストでの海外市場参入を実現するようになっています。本コラムでは、ASEAN諸国に的を絞り、ECを活用したBtoC市場へのアプローチについて、詳しく検討していきます。
2. ASEANにおけるECチャネルの現況
EC市場の規模と成長性
ASEAN諸国においても、ECチャネルの市場規模は急拡大しています。ASEANは、EUや北米といった成熟市場と比較すると、未だEC化の途上段階であることから、今後の成長余地が大きいと考えられています。実際、 Google、Temasek、Bain & Companyのレポートによると、ASEANのEエコノミーにおける流通取引総額(GMV)は、2年間で34%成長し、ECについては2022年の約1,200億ドルから、2025年には1,590億ドルに成長しています。また、2030年には3,750億ドル程度まで拡大すると予測されています。国別にみると、インドネシアが最大で、タイ、ベトナムが続いています。
図2:ASEAN各国のEC市場規模
(出所:Google、Temasek、Bain & Company(2024)より作成)

EC市場成長の背景
ASEANにおけるEC市場急成長の背景には、ソーシャルメディアにeコマース機能が統合されたことが一つ挙げられます。ソーシャルメディア経由でのショッピング利用率が急速に高まっており、2027年までに地域全体のソーシャルコマースの流通取引総額(GMV)は、850億米ドルに達すると予測されています。また、ASEAN特有の要因として、ShopeeやLazadaといった大手ECプラットフォームにより迅速な配送が実現されていることや、地域特有のニーズに応えた多様な決済オプション(GrabPayやGcash、現金代引き(COD)等)が整備されてきたことも、影響しています。
3. ASEAN主要6か国 国別EC市場の特徴
ASEAN全体の概況を記述しましたが、各国の市場の状況・特徴は異なり、購買動向やEC購入される品目についても特色があります。越境ECを展開する際には、こうした特徴を理解し、さらには文化や言語、消費者の好みに合わせたプロモーション・製品展開、決済手段等への対応が必要になります。
インドネシア
インドネシアはASEAN最大のEC市場で、2024年には650億ドルを突破し、2030年まで約15%の年平均成長率が見込まれています。品目別では、アパレル関連がEC化率35%強と圧倒的に強く、健康・美容製品、家電、ホームケア(医療・医薬品)についても広く利用されています。利用者は、若年層が多く、スマートフォン経由のEC利用が主流となっています。また、支払い方法では現金代引き(COD)が多く利用されています。
タイ
タイは2024年に約260億ドルと、ASEAN第2位のEC市場規模があり、2030年まで約15%の年平均成長率が見込まれています。品目別では、アパレル関連、家電、健康・美容製品のEC化率が高くなっています。食品の購入も他国と比較して高めです。SNSを活用したソーシャルコマースが重要な役割を果しており、都市部では高いEC普及率を誇る一方、地方部での成長余地も大きいと見られています。
ベトナム
ベトナムのBtoC市場におけるECチャネルは急成長中で、市場規模は2024年に約220億ドルに及び、2030年までに約19%の年平均成長率が見込まれています。品目別にはファッション、健康・美容製品のEC化率が高い一方で家電、ホームケア(医療・医薬品)、食品にも幅広く利用が広がっているようです。若年層人口が多く、デジタル化に積極的で、デジタル決済(電子ウォレット)の利用が急増しています。
フィリピン
フィリピンは、高成長市場の一つで、2024年に市場規模は210億ドルを超え、2030年までの年平均成長率は約19%と予測されています。アパレル関連と健康・美容製品がECチャネルで多く購入されています。スマートフォンの普及率が高く、モバイルファースト、SNSでの情報収集に積極的な消費者が多いのが特徴です。また、海外製品の人気が高く、越境ECの潜在需要が大きいとされています。
マレーシア
マレーシアは、比較的高所得層が多く、EC市場が成熟した傾向が見られます。市場規模は約160億ドル、2030年までの年平均成長率は約7%と予測されています。EC化率はファッション関連が最も高く、健康・美容製品、ホームケア(医療・医薬品)が続いています。消費者が国際ブランドを好む傾向にあるとされ、ロジスティクスの発展により、迅速な配送サービスが提供されていることも特徴です。
シンガポール
シンガポールのEC市場は現在も急成長しており、2024年には90億ドル規模に達し、2030年まで約11%の年平均成長率が見込まれています。特にファッションやエレクトロニクス、健康・美容製品が多く利用されています。ソーシャルメディア、口コミの影響が強く、日本と比較しても高所得者が多く、品質と価格が重視されることも特徴です。
4. ASEANにおける主要なECプラットフォーム
ASEANでEC展開するにあたり、自社ECの他の選択肢として、現地ECプラットフォームのマーケットプレイスへの出品や、テナント出店があります。以下に主要なECプラットフォームを紹介します。
多様なECプラットフォーム
ASEAN主要各国において、共通して高いシェアを保持している大手ECプラットフォームは、シンガポールのSea Groupが運営する「Shopee」です。2023年のデータでは、地域全体で48.0%のシェアを占めています。それに続くのは、Alibaba Groupの子会社が運営する「Lazada」で、シェア16.4%を占めています。一方で、インドネシアの「Tokopedia」「Bukalapak」や、ベトナムの「Tiki」といったローカルECプラットフォームも、自国内で高い支持を得ています。総合型ECプラットフォームの他、アパレル系では「Zalora」、家電・ガジェット系では「JD Central」等、品目に特化したプラットフォームも存在します。
ソーシャルコマースの台頭
注目すべきは、Facebook、Instagram等を経由したソーシャルコマースの台頭です。特にTikTok Shopは、2021年以降ベトナム、タイ、マレーシア等を中心に急成長しています。さらにTikTokは、2023年に「Tokopedia」を事実上買収し、2社合計するとLazadaを凌駕する規模に拡大しています。ただ、Tiktokは自国企業保護の観点から、各国政府による規制の動きもあり、今後の成長については課題がある状況といえます。
図3:国別ECプラットフォームシェア
(出所:Momentum Works社「東南アジアの電子商取引 2024」をもとに作成)
図4:主要ECプラットフォームの比較
(出所:Momentum Works社「東南アジアの電子商取引 2024」、その他公開情報をもとに作成)
ASEANは、若年層が多く占める魅力的な市場であり、2024年には、中国の「Temu(テームー)」がタイに正式上陸する等、今後もECプラットフォーム間の競争は激化することが予測されています。
5. ASEAN BtoC-EC市場における消費者に向けたアプローチ
スマートフォン・ソーシャルメディアとの親和性の高い消費者
ASEANでは国により差異はありますが、スマートフォンの利用率が高く、またソーシャルメディアの利用人口、利用時間が長い傾向にあります。主要6か国のソーシャルメディア利用人口は約3.8億人に上り、ある調査では、利用時間は一日平均2~3時間以上と示されています。これは日本人平均の4倍以上の長さです。
図5:国別ソーシャルメディア利用時間/日(16~64歳)
(出所:Datareportal(2024)をもとに作成)
EC購買行動のイメージ
スマートフォン、ソーシャルメディアとの親和性の高さから、消費者は、ECプラットフォームのモバイルアプリのセール・クーポン情報から商品を購入、ソーシャルメディアで見つけた商品をECモールで購入、ソーシャルメディア上の動画やライブコマースから購入する等の購買パターンが多くなっていると考えられます。
SNSマーケティングの活用
こうしたASEANの消費者にとって、ソーシャルメディアは情報収集や購買意思決定に関わる主要なツールです。このことから、ソーシャルメディア上でのアカウント運用やSNS広告配信によるプロモーション・ブランド構築は、企業にとって非常に重要なアプローチといえるでしょう。インフルエンサーマーケティング、ライブコマースの活用も活発です。Shopee Japanが東南アジアの越境ECで成功した企業に実施したアンケート調査では、40%を超える企業が、最も売り上げに貢献した施策として、SNSマーケティングを挙げています。SNSマーケティングの他、Googleショッピング広告等のWeb広告やECモールへの出店、SEO対策も有効な施策と考えらえます。
図6:東南アジアの越境ECにおいて売上貢献した施策
(出所:Shopee Japan『東南アジアの越境EC成功企業に関する実態調査』(2024)をもとに作成)
ASEANのBtoC市場において、ECチャネルは従来型チャネルに代わる重要な存在となっています。地域ごとの消費者行動を深く理解し、効果的なタッチポイントを押さえることが、競争の激しい市場での成功に繋がります。特に、スマートフォンやSNSを中心としたデジタル環境に適応した戦略が重要であり、これに加えてローカルニーズへの対応が、ASEAN市場攻略の鍵といえるでしょう。
[参照ソース]
・経済産業省『令和5年度電子商取引に関する市場調査』
・The Digital X『【2024年最新】東南アジア越境EC|各国のEC市場規模と主要プラットフォーム』
・JETRO『各国における越境ECの状況 2022』
・AAIC『東南アジアの最新オンラインリテール事情』
・ショッピー『東南アジアの越境EC成功企業に関する実態調査』
・インフォキュービック『東南アジアソーシャルメディア最新利用状況-2025年に向けたSNSマーケティングトレンド』
・BAIN&COMPANY『e-Conomy SEA 2024』
・Global Angle『Current Online Retail Landscape in Southeast Asia』
・Momentum Works『東南アジアの電子商取引 2024』